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正解がわかることより、どのように考えたかの方が100倍大事!

子供の「なんで?」に、きちんと向き合えていますか?

 

仕事や家事で疲れて帰ってきて、宿題をみて!と子供に言われたとき、答えだけ教えていませんか?

 

今は共働きのご家庭も多いです。

一日の終わり、ゆっくりしたい時間にも子供の宿題に付き合わなきゃいけない。

「早く終わらせたい」という気持ちで、親が答えを出していませんか?

 

 

確かに、その方が楽です。

 

特に小学校低学年の宿題なら、大人が考えるまでもない問題が多く、大人はすぐに答えが出せるでしょう。

 

 

でもそれ、子供の考える力を育てるチャンスを失っているかもしれません。

 

 

正解が出せたことが大事で、マルをもらえることを褒めるのではありません。

 

「自分なりの答えが出せて、なぜそう考えたのかを説明できること」の方が、100倍も大事なこと、褒めるべきことです。

 

 

宿題が出る小学生だけでなく、ちいさな子どもに質問されたときも、すぐに答えを教えていませんか?

 

例えば5歳児に、

「100+100はなあに?」「200だよ」

 

というふうに。

 

答えを覚えることは簡単です。

覚えた答えでマルをもらうことも簡単です。

 

大事なことは、正解を言えて褒められることではありません。

 

どうしてその答えになるのかを、自分のあたまで考え、それを伝えられることです。

 

 

例えば「100+100がなぜ200になるのか」。

 

大人にとってはその答えに理由なんてなくて、「だって100+100=200でしょ」で済ませられる問題かもしれません。

理由がなくても日常生活に支障はありません。

 

でも数字の概念がまだあやふやな子どもはどうでしょうか。

 

 

「1+1=2」は理解できる子供。

それがわかっても、「100+100=200」っていう考えにはならないのです。

 

6歳の娘に100+100は何だと思う?と聞いたら、「101」とか「102」なんて答えが返ってきます。

 

そういう思考の子供に、「100+100=200だよ」とただ正解を伝えたときの、「200」の意味はさっぱり分かっていません。

その「200」の意味がわからなければ、数字が変わったときにどう考えていいかわからなくなるのです。

 

 

子どもはどうして101と答えたのか。

102だと思ったのか。

 

どうしてそう思った?と子どもに聞いてみましょう。

そうすると、その子なりに考えた道筋が見えてくるはずです。

 

大人はマルかバツかで判断しがちですが、大人が丁寧に、子供の考えた過程を聴いてあげると、

「そういうふうに考えたから、この答えになったんだね」

という発見があるはずです。

 

 

娘は、100+100の答えは自分で導けなかったけど、100より大きくなることの認識はできていました。

 

今はそれでいいと思うのです。

 

だって、ここで理解が十分にできないまま答えだけ覚えたら、いつか、どこがわからないのかがわからなくなってしまいます。

 

返ってきたその答えを単純に「違うよ」と否定しないでください。

まずは「子どもなりに考え答えを出せたこと、なぜそう考えたか、そしてそれを伝えられたこと」をほめてほしい。

 

 

そうすると、自分で考え、伝えられたことに自信がつきます。

 

 

それは、正解を即答できたりマルがもらえることなんかよりも、ずっと大事なこと。

 

 

大人は目に見える結果や、即効性を求めてしまいがちです。

 

だけど、成長はゆっくりでも大丈夫。

答えが間違っていたって、「自分のあたまで考えたこと」は必ず、未来のどこかにつながっています。

 

 

子供の「なんで?」がでたら、考える力が育つチャンス!と考えましょう。

 

 

たっぷりあるようですぐに過ぎてしまう子どもの時間。

 

だけど、そんなにせかさないで。

今日できないことを責めないで。

 

自分で出した答えに自信を持てるように。

自分で選ぶ道に、責任を持てるように。

 

 

どの子も、きっと、できます。