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大人だって「できた!」はうれしい。何歳からでもはじめられる、挑戦できる。

子どもの成長を見て、子どもがうらやましくなる時がありませんか? 

 

 

大人になると過ぎた1年がとても早く感じられます。

 

誕生日を迎えると、

 

「また一つ年取ったなぁ」

「もうめでたくもなんともない」

 

なんて思ったり、言われたりしませんか?

 

自分より若い子を見て、

 

「私はもう肌にハリがなくなってきたわ」

「前はもっと体力あったのにすぐ疲れちゃう」

「もっと若ければ私だってチャレンジできるのに」

 

なんて思うこと、ありませんか?

 

 

30歳の頃、まさに私はそんな風に感じていました。

 

2人目が生まれて、子どものこと、仕事、家事…

 

「このまま子ども中心で毎日が同じように過ぎて行くのかな」

 

独身の若い子をみて、

「あんなふうに自由な時もあったなぁ」なんて。

 

ただなんとなく流れて行く日々に、憂鬱になったり、少しの焦りも感じていたように思います。

 

 

「私はこのままでいいのかな」

 

子どもはもちろん大事だし、かわいい。

 

ただ、

「子どもを1番に考えるべき」

「子どもを優先するべき」

「今は母親として、をまず考えるべき。」

 

そんなふうに言われることが、とても嫌でたまらなかった。

 

仕事はすぐに復帰したし、家族に協力もしてもらえました。

客観的には、自由に、自分の好きなようにやっていたように見えたと思います。

実際、そうさせてもらっていました。

 

家族の協力があった。

おかげで仕事は変わらず続けられた。

 

それでも、勝手だけど、どんなときもまず「子ども」を優先しなければ悪い母親だと思われているようで、苦しかったんです。

 

どんなに家族が協力もしてくれていても、子どもと一緒にいる時間が短いことへの罪悪感のようなものを、いつも感じていました。

 

例えば夫に保育園のお迎えを頼むこと。

仕事で夜でかけること。

休みの日に美容院に一人で行くこと。

 

それがいちいち、私にとって大ごとになっていました。

 

 

「私はどこへ行っちゃったんだろう。」

 

子どもを産んだって、子どもが小さくたって、「私」は続いている。

 

なのに、その間はそんなに子どもを優先しなければいけないの?

そうしなければ、子どもは悪い子になっちゃうの?

 

 

今思えば産後ゆえの精神状態で、完全な被害妄想だったのですが(笑)

実は当時はそんなことを考えていました。

 

 

そんな状態だったから、子どもを見ていてよく思ったのです。

 

子どもはこんなに成長しているのに、自分は何も成長していない。

むしろできないことが増えて、見た目も頭も衰えるばかり…。

 

 

小さな子どもの成長はとても早く、そのスピードに驚かされることがよくあります。

 

3歳くらいまでは数ヶ月たてばもう別人です。

 

一日中、寝るか泣くかおっぱいか出すか、だった赤ちゃんが、

 

あやせば笑うようになり、物をつかむようになる。

寝返り、おすわり、たっち、伝い歩き、よちよち歩き。

 

言葉が出始めて、単語を覚え、たどたどしくも会話ができるようになる。

好き嫌いがはっきりしてきて、自己主張するようになる…

 

 

そんな成長のペースが早い乳幼児を見ていると、自分が数年前から成長していない、むしろ衰えているように感じるのは当然のことなのかもしれません。

 

 

 

子どもの1年も、大人の1年も同じ。まず「どう変わりたいか」を認識して、少しの「できた!」を、「成長した」にカウントする。

 

 

それでも、1年は1年。 同じ時間です。

 

子どもの成長が早いのは、あたりまえだけど、そういう時期だから。

 

子どもの成長をみて、自分が焦りを感じるのは、自分も成長したいと思っているから。

 

 

子どもは心と体の栄養さえあれば、ほおっておいても成長します。

 

大人は、放っておいたら変わらない。

 

 

それでは、大人が成長したいと思うなら、どうすればいいのでしょうか?

 

もしあなたが、「成長したい、変わりたい」と思うのなら、まずは「どんなふうになりたいか」を具体的に書き出してみることです。

 

 

例えば1年前の私は、こうでした。

 

・イライラせず、子どもたちと、夫といつも笑っていたい

・キレイな部屋を保ちたい

・魚を抵抗なくさばけるようになりたい

・仕事をもっとスタッフに任せたい、自分がいなくても仕事がまわるようにしたい

・司法書士業務以外の仕事の柱をつくりたい

・どこにいても仕事ができるようになりたい

・日常会話で英語に困らないようにしたい

 

どんなふうになりたいか、が具体的であればあるほど、そのための方法を考えることができます。

 

それをひとつずつ試し、常に「どうなりたいか」を意識するいくことで、1年もあれば結構変わっていたりします。

 

ただ、劇的な変化というわけではありません。

ほんとうに、すこしずつ変わる。

 

 

・1年前よりはイライラ減ったかな。

・キレイな部屋は常には保てないけど、子どもが片付けやすい仕組みを作れたかな。

・小アジなら、抵抗なくさばけるようになった!

・子どもの熱で私が急に休みでも、仕事もなんとかなってる。

・新しい事業がスタートできた。

・遠隔操作で、事務所にいなくてもできる仕事が増えた。

・海外のホテルとメール。去年は翻訳サイトに頼りきりだったけど、今年はほとんど自分で作文できた。

 

 

このすこしの「できた!」を、「まだまだできない」と思うか、「少しだけどできるようになれた」と考えるか。

 

この差はとても大きいと思うのです。

 

 

 

比較対象は他人じゃなくて、過去の自分。

 

 

「あの人みたいには上手にできない」

「あの人は特別だから」

「あの人は、私より若いのにもっとできてる」

 

 

そんなふうに比較対象を「どこかのすごい人」「理想のあの人」にすると、

「それに比べて私はまだまだ」 なんて思いがち。

 

そうじゃなくて、比較対象を「1年前の自分」にする。

 

そうすることで、ちゃんと「できるようになってる」に気づけます。

それでいいと思うんです。

 

 

子どもだって、トイレトレーニング始めたらすぐに一人でできるようになるわけじゃない。

成功したり、失敗したり、繰り返しながらちょっとずつできるようになっていく。

 

それを同い年の「あの子」とくらべて、 「あの子はもうできるのにうちの子は遅い」

 

そんなふうに思わなくていいんです。

 

 

 

年齢のせいにしない。何歳からでもほんとうにやりたいことなら、できる。

 

「変わりたい」「こんなことがしたい」

大人だって、本気でそう思えることがあれば、何歳からだってちゃんと変われます。できます。

 

それを歳のせいにだけは、しないでほしい。

 

だって、あのすごい人の1年も、うちの子の1年も、あなたの1年も、同じ1年。

 

 

最近ですと、60歳でパソコン、81歳をプログラミングをはじめて、appleも認めるアプリを開発された、若宮正子さんがよく話題になりますね。

若宮正子さんの記事

 

世間で注目される人だって、はじめからできたわけじゃない。

 

若宮さんも、パソコンをはじめて20年以上。

すこしずつ、できないことができるようになっていたはずです。

 

ほとんどの人が注目されるようになってからの若宮さんしか知らないので、ものすごく特別なことのようにも感じられます。

 

でも同時に、若宮さんのインタビュー記事を読むと、誰でもその可能性があることに気づかされます。

多くの方が若宮さんを見て希望を感じたのではないでしょうか。

 

 

「あなたが今何歳でも、これからの人生で今日が1番若い。」

 

 

私の好きな著者の一人、出口治明さんの「本物の思考力」で紹介されていた言葉です。

 

私が歳を重ねることに抵抗がなくなったのは、この言葉と、年を重ねるほどに魅力的になっていく先輩方のおかげです。