進路が決まらない!そんなとき、「とりあえず大学に行く」を避けた方がいい2つの理由

「子どもは無限の可能性があるんだよ」

「あなたは何にでもなれるんだよ」

 

小さな子どもはそんなふうに言われることがあります。

 

だけど中学生、高校生になって成績に順位がつくようになると、

 

「この成績だといける学校はこれくらいだね」

「このままだと大学に行けなくて、将来の選択肢がなくなるよ」

「勉強しないとどこにも行けないよ」

 

 

そんな声を聞いたりして、急に将来の選択肢が狭まるような気持ちになること、ありませんか?

 

 

大学受験を考える時期になって、

「とりあえず大学に行って、その先のことはそれから考えたらいい」

「いい大学に行けば選択肢が増えるから」

 

そんな風に言われたり、

「周りの友達も大学に行くっていうし」

 

と大学に行くのが当たり前、と思ってしまうことはありませんか?

 

 

 

でもそれは、本当にそうなのでしょうか?

 

結論を先に言いますと、それは「今は」、正しくありません。

「今は」としたのは、それで就職もうまくいった時代があったからです。

 

これからは「選択肢を増やすためにとりあえず大学に行く」は避けるべきです。

 

その理由は、2つあります。

 

 

 

進路決定を先延ばしにするだけの4年間は、選択肢を増やさない。

 

 

一つ目の理由は、大学時代の過ごし方によっては、それが将来の選択肢を増やすことにならないからでです。

 

大学に行ったら、確かに時間はあります。

この時間を、どのように過ごすのか。

 

先の進路を考えるための貴重な4年と考えれば、とても有意義なものになるでしょう。

 

大学生は高校生までと比べて行動範囲がぐっと広がり、自由な時間も増えます。

学びたい分野をより深く勉強できます。

アルバイトもできるし、行きたいところへ行って、やりたいことを思いっきりできる4年間になります。

 

そこで視野を広げることができ、進路選択の幅が広がるのです。

 

 

では「進路の決断を先延ばしにする4年」だとしたら、どうでしょうか。

 

自ら学んだり、広い世界を見る機会を求めなければ、得られるものは少なくなります。

そしてそれは、だれかに与えられたりするものではありません。

自由だからこそ、自分で求めなければ何も得られないのです。

 

そして大学は学費が高額です。

一人暮らしをすれば、経済的な負担は計り知れないでしょう。

 

お金をかけて、進路決定を先延ばしにする自由な時間で、自分が何をするのか?

 

大学生はそれを選べるのです。

 

学ぶことも、学ばないこともできる。

自分がやりたいことがなければ、なにもできない。

 

カリキュラムがある高校までと違い、大学は自分が求めなければ何も得られません。

 

 

「とりあえず、大学に行く」ことを目標にした場合、「進路の決断を先延ばしにする4年」になることが多いです。

 

それは、やりたいことがあってその大学に行くわけではないから。

 

 

そして、せっかくお金と時間をかけても、自動的に選択肢が増えるなんてことはありえません。

考えるのを面倒に思って先延ばしにしていると、その先の就職のときにも同じように迷います。

 

そして就職を決めるときには、「とりあえず大学に行く」というような時間稼ぎの選択肢はありません。

 

そのときも、「とりあえず就職」をするのでしょうか。

 

経済的に許されるのなら、「あえて浪人して進路をじっくり考える」時間を作るという選択もありかもしれません。

 

 

 

「大卒は就職に有利」は本当?「幸せな生き方」は自分で決める時代!

 

 

2つめの理由は、「大卒」が本当に就職に有利かどうか一概に言えなくなっていて、「こういう生き方が成功」というモデル(らしきもの)が崩壊していることです。

 

確かに、「大卒」が条件の国家資格や、採用基準に「大卒」を挙げている企業もあります。

目指している資格や、就職したい企業が「大卒」を条件にしているのなら、「大卒」は必要なのでしょう。

 

ただ、「大卒」をひとくくりにするのは少々強引です。日本の大学は国公立と私立を合わせて780校あります。(文部科学統計要覧平成30年度版より)

 

また、学部でみると数えきれないほどあります。

ウィキペディア参照)

 

 

「大卒」といっても、その人個人の能力を画一的にはかるものではないのです。

 

随分前から大学のブランド「だけ」で採用する企業は少ないでしょう。

有名大学卒だったら内定がいくらでももらえるかと言ったら、そうじゃない。

 

いくら有名大学に行ったとしても、同じような学歴の人はたくさんいます。

 

同じ学歴の人の中で「あなた」を選んでもらうためには、

「どうしてその企業で働きたいか、何をしたいのか」

「会社のために、あなたに何ができるのか」

 

そこに自分の意見がなければ、「あなた」を採用する理由はないのです。

 

 

確かに、「有名大学卒」が就職に有利で、出世などに影響を及ぼしていた時代はあります。学閥などもあるでしょう。

 

だけど、「有名大卒→一流企業に就職」が一生安泰かといえばまたそれも違うはず。

 

上場企業であってもリストラが行われているし、優秀な官僚だって責任を問われます。

 

 

技術革新や世界情勢など変化のスピードが早く、退職後の人生も長いこれからの社会では、「幸せな生き方」の決まった定義なんてできないのです。

「これがいい」という決まったモデルがないということは、どんな形も自分で自由に選べるということです。

 

 

 

学歴よりも重視したい、これからの時代に求められるもの

 

 

AIやロボットができる仕事をこなすようになれば、単純作業の仕事からなくなっていきます。

これからは与えられた仕事をこなす人よりも、仕事を生み出せる人が求められるようになります。

機械は与えられた仕事をこなすことが得意ですので、そういう仕事は24時間働けてお給料も発生しないロボットにさせたいでしょう。

 

そうなると求められるのは「学歴だけ」よりもこのふたつ。

 

「何ができる人か」

「何をやりたい人か」

 

 

 機械が今ほど活躍していない時代には、学歴は一つのモノサシになっていました。

学歴が高いほど、与えられた仕事をこなす力(=マニュアル力)があると考えられていたからです。

 

 

「学歴はなくていい」わけではありません。

「学歴」だけに頼っていては社会に求められる人材にはならないということです。

 

これから磨かなければいけないことは、

 

「私は何をしたいのか」

「何ができるのか」

 

この二つを自分自身に問い続けることではないでしょうか。

 

 

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